先日1万人以上の応募者の中からオーディションを勝ち抜き、し烈な合宿を潜り抜けて見事キューブを揃えデビューした9人組アイドルユニット「NiziU」。
デビュー曲『Make you happy』は公開初日でなんと1000万回再生され、もうすでに人気者の仲間入りを果たしているようす。
彼女らを発掘し見違えるほど成長させたプロデューサーといえば、今回の虹プロで名言で話題になったご存知「J.Y. Park」ことパク・ジニョンさんですよね♪
「理想の上司」と呼び声も高い彼の思考や生い立ちなど、みなさんもとても気になるんじゃないでしょうか?
今回は、わたしのまわりにもファンが多い彼、J.Y. Parkさんについて注目します!
J.Y.Park(パク・ジニョン)プロフィール
生年月日:1972年1月13日(2020年現在48歳)
出身:韓国ソウル特別市
身長:182cm
血液型:AB型
家族:父母・姉
学歴:延世大学校理科大学地質学科学士
延世大学大学院政治外交学科修士課程中退
↑7歳の頃LAで
子供時代はいたずらっ子で、好奇心旺盛。
でも学力は優秀だったとか。
同じリズムが繰り返されることが好きで、どこでも音楽が鳴れば踊りだした。
お姉さんがピアノを習う時に一緒に習ったそうで、腕もみるみる上達しました。7歳の時、父親がアメリカに赴任することになり、一家は渡米し2年半居住
この頃(幼少期)、ミュージシャンのマイケル・ジャクソンの存在を知り、ブラックミュージックに感動してその魅力にどっぷりハマったそうです。
さらにダンスにも目覚め、地元のダンスバトルコンテストで優勝経験もあるとか。
高校時代はとても成績優秀で生徒会長も務めるほどだったそうです。
そこでリーダーシップを発揮し、その結果、大学は韓国では名門の延世大学に進学し地質学を専攻します。
エリートですね!
J.Y.Parkの半生(学生~芸能界デビュー、現在まで)
大学時代は「将来は先生になるつもりだった」というJ.Y. Parkさん。
しかし、人生を決める転機が訪れ、この頃音楽の世界で人生が大きく開けてきました。
1993年、当時のある人気歌手のバックダンサーとして芸能活動していました。
この時に人気作曲家キム・ヒョンソク氏と出会います。
ある日、キム氏の作曲の過程を目の当たりにして、あまりに幻想的で素晴らしく感銘を受けたJ.Y. Parkさんは、なんと曲の作り方を教えてほしいとキム氏に懇願して弟子入り。
キム氏の家で居候しながら音楽のノウハウを学び作曲活動。(2年半でノート100冊ほど作曲した⁉)
いわゆるシンガーソングライターとして、自身の作曲した曲で数々のオーディションに受けるも不合格ばかり。
大手オーディション、ルックスで落とされるという苦い経験も。
有名なエピソードで、まだ無名だった頃に、とある有名芸能事務所のオーディションを受けたJ.Y. Parkさん。
「オーディションでは顔がダメとか散々に言われ落とされたものの、帰り際に曲だけは売ってほしいと言われた。」という苦々しい悔しい経験も。
きっぱり断ったそうですが、なんとも残酷な話ですね・・・
整形大国なのでビジュアル重視なのはある程度理解できますが・・・
後にJ.Y. Parkさんは、「ハングリー精神をその時学んだ」と語っています。
さしずめ、流行りの『やられたらやりかえす、倍返しだ!!!』といったとこでしょうか。
そこでJ.Y. Parkさんが執った手は、全くの真逆をいくこと、唯一オンリーワンを目指すのです!
容姿を磨くことより内面を磨くことに。
しかし、J.Y. Parkさんがデビューした1994年当時の韓国芸能界というのは、現在と比べエンターテイメントもとても保守的で、人気者になるには実力はもちろんながら、イケメンであることも必須だったようです。
結果J.Y. Parkさんはこうなりました。
個性的な顔、奇抜なファッション、セクシーな曲、常識を覆すような表現のJ.Y. Parkさんはとても目立つ存在となりました。
黒い三角下着に透明なビニール製のパンツというなんとも表現がし難い衣装は、当時の業界では当然ながら例はなく、まさにショッキングな出で立ちでした。
発表する曲も実に挑発的で扇情的な歌詞やダンスのものばかりで、J.Y. Parkさんは音楽界ではまるで異質な存在となっていたようです。
ですが、才能があり曲のクオリティについてももともと高かったので、徐々に彼の存在を認めるファンや関係者が増え、やがてヒット曲も出はじめたJ.Y. Parkさん。
段々とシンガーソングライターとして脚光を浴び始めていきます。
数年前には日本にもツアーで来日していました。
今では韓国で彼の曲が結婚式や学園祭などに名曲として歌われることも多いと聞きます。
過去の数々の苦い経験から「いつか見返してやる!」と悔しさをバネにして、ハングリー精神が彼の成長を促していたんでしょうね。
彼のファッションも今では、当たり前に受け入れられて、なんなら競うようにみな奇抜なファッションで表舞台に立ちがちですが、先駆者は絶対J.Y. Parkさんでしょうね♪
プロデューサー業の才能を開花!
J.Y. Parkさんは自身もアーティストとして立ちながら、若手のプロデュースにも力を入れていきます。
1999年、男性5人組アイドルグループ「GOD」をプロデュース。
のちに国民的アイドルと呼ばれるほど爆発的な人気に。
2001年、自身の曲『swing baby』もヒットさせますが、以降はプロデューサー業に専念。
1996年に先に立ち上げていた自身の会社「テホン企画」を社名変更。
「JYPエンターテインメント」に。
2000年代はまさにプロデュース業が次々に成功し、まるで日本で言う90年代の小室哲哉のような、プロデュースしたアーティストや世に送り出す楽曲が街中で溢れかえるといったブームを作り出します。
その結果J.Y. Parkさんは音楽業界の一躍スターダムにのし上がるのです。
2012~2014年は音楽著作権収入で第1位になるなど、飛ぶ鳥を落とす勢いでした。
「TWICE」あの超人気ガールズグループを作った「J.Y.Park」
2015年にプロデュースデビューさせた韓日台合同メンバーの「TWICE」は日本でもあまりに有名で人気もあります。
活躍は世界にも、米国の人気ラッパー、メイスやハリウッドスターのウィル・スミス、日本のSMAPやAIなどにも楽曲を提供するなど、まさしく世界的プロデューサーです。
マルチクリエーター「Nizi Project」始動!
2019年には、日韓ソニーミュージックとの共同企画『Nizi Project』(通称:虹プロ)を発表。
世界に向けて発信するグローバルガールズユニットを2020年10月デビューを目指し始動するのです。
つい先日、応募数1万人の中から選ばれた9人のメンバーが決まり、ユニット名「NiziU(ニジュー)」が生まれました。
あわせて読む
https://herewe5.xyz/2020/06/26/post-2040/
「J.Y.Park」はストイック!?自己管理がハンパない!
プロの表現者として常にストイックな自己管理を自分に課しているのだそう。
デビューして数十年、日課として毎日続けているんだそうです。
内容がこちら↓
7時半起床:日本語の暗記、体重測定
↓
朝食:オリーブオイルを飲む、ナッツ類、果物、各種栄養剤を摂る。(毎朝同じメニューだそう)
↓
9時:準備運動(体操)、ストレッチ
↓
10時:発声、歌の練習
その他の決まり事
・毎日ウエイトトレーニング
・夕食は一週間に3日(体重管理)
・毎週月・木曜日はバスケ(2時間)
・決まった時間にトイレ
・季節ごとに服は2着ずつしか準備しない。(時間効率の為)
一流の方って自分なりのルーティーンを持っている方が割と多いですよね!
この確固たる基軸がベースにあるからあの数々の名言が生まれるのでしょうか?
「J.Y.Park」プライベート(結婚や私生活)は?
続いてJ.Y.Parkさんのプライベート(結婚や私生活)はどうなんでしょうか?
ご自宅でしょうか?とてもセレブ感漂ってますが・・・
J.Y.Parkは結婚してる?離婚経験も・・・
若い時から芸能活動をしていたJ.Y.Parkさんですが、1999年に大学時代から恋人だった一般女性(ソ・ユンジョンさん)と結婚しています。
皆さんご存知、韓国では兵役制度という決まりがあり、J.Y.Parkさんも数年役務に就いています。
さらに、ソさんの身内から芸能人との結婚を反対されたため、一旦芸能活動を辞め公務員として働き始めるのです。
ようやくその後の1999年に、二人は結婚に至ったようです。(J.Y.Parkさんの男気がハンパないっ!!)
「初恋の女性と結婚出来て幸せ」と当時語っていましたが、10年後の2009年に離婚しました。
原因は結婚後に芸能界に復帰したJ.Y.Parkさんが人気過ぎて多忙を極め、家庭生活が難しくなりすれ違いが生じ、徐々に気持ちが離れていったようです。
芸能界は特殊な世界とよく聞きますが、本当に難しいんですね~。
幸い2人に子供はいなかったようです。
それから数年経ち、2013年のJ.Y.Parkさん41歳の年に、「9歳年下の一般人女性」と再婚します。
残念ながら彼女のお顔が分かる画像はありませんでした。
(後ろ姿)
J.Y.Parkさんいわく「運命的な出会い」だったそうです。そんな彼女のために歌まで作りました。
それがこちら↓
彼女のために作った曲「You’re the one」
素敵な曲ですね~。
幸せそうなお2人には2019年に長女が誕生、2020年に次女が誕生してJ.Y.Parkさんは現在2児のパパでもあります。
よほど嬉しかったんでしょうか?インスタに披露しています。
長女ちゃん誕生♪
和訳すると
私のむすめが今朝午前10時過ぎにこの世界に産まれました。昨日から一睡もできず声も出ませんが、なにか特別なプレゼントをしたかったです。
この幸せを世界のすべての親子で共有したいと思います..握ったこの小さな手
握ったこの小さな手を放すときまで
あなたのそばにいるから
夢を叶えるために自信を持って走り続けてmy baby
いつでもパパがそばにいるよ。いつかこの手を放して遠くに行ってしまう
ときが来ることは分かっているけど、この先にたとえどんなことがあっても
いつでも戻ってくるところがあることを忘れないで。
次女ちゃん誕生♪
和訳すると
最近さまざまな問題で苦しんでいる方が多くいらっしゃるので、SNSに投稿することに非常に気を遣いますが、皆さんにお知らせいたします。
少し前にかわいい娘が誕生し、今年二人の娘の父親になりました。困難な問題が多い世の中ですが、娘たちのためにも世の中に良い影響を与えることが出来るよう最善を尽くしていきます。
このような大変な状況のなか、私だけ幸せな報告をするのは心が重いですが、みんなで力を合わせてこの危機をなんとか乗り越えていければと思います。
J.Y.Parkは社長でアーティスト、人としてデカすぎてヤバい!!
オーディションでも見せていた、個性や才能、長所や弱点を的確に素早く見抜き、厳しくも優しくアドバイスする姿は、まさに理想の上司といえそうですね。
名言の数々・・・
・「才能が夢を叶えてくれるわけではありません。過程が結果を作り、態度が成果を生みます。」
・「人は絶対にひとりでは成功できません。」
・「大事なのは技術ではなく、その人の内面です。」
・「短所がないことより、特別な長所が1つだけあることの方がもっと大切です。」
これらは彼が語った多くの名言のうちのごく一部ですが、どの言葉にも人柄や愛が感じられ、どれも心に響く言葉ばかり。視聴者や彼のファンにも称賛されています。
またJ.Y.Parkさんは「良い歌手である前に良い人間でいなくてはならない。」と自らプロデュースするグループには伝えています。
経営者としての一面も持つ彼は、社員や所属するアーティストたちはみな家族だと考えているようで、基本的に社長として最後まで面倒を見る責任があると考えているそうです。
このことは企業の社風にも大きく影響していて、練習生のオーディション条件の一つに、「良い子であること」という条件で選ぶのだそうです。
「この子を育てたい、サポートがしたい、一緒に仕事がしたい。」
そう思う子を合格させ採用するのだそうです。
では「良い子」の条件とは?
J.Y.Parkさんがこういう人物とはっきり述べています。
「真実、誠実、謙虚」
・真実とは、言動に注意する必要がないまっすぐな人。
・誠実とは、才能より誠実な心が大事。
なかには生まれ持った才能でたいした努力もなく成功する人もいるが長続きしない。長い目で見るとその差は大きい。
・謙虚とは、素直さ。
成功するほど謙虚さは失われていきやすいもの。人生には危機が必ずあるが、その時に周囲の人の助けが必要な時もある。助けてもらったことに感謝する気持ちを持った人でなければならない。
芸能のスキルだけではなく、人間的な成長「人間力」をとても大事にする「J.Y.Park」
「うち(JYP)のアーティストはみな心根が美しい。ボクはそんな人とだけ仕事がしたい。いくら才能があっても心がきれいでなければ、ボクも楽しみがなくて一緒に仕事が出来ないですよ。」
と話しています。
さいごに
日本でも超人気のアジア合同ガールズグループ「TWICE」や、男性野獣アイドルグループ「2PM」を手がけたJ.Y. Parkことパク・ジニョンさんは、自身もアーティストとして活動しながら、社長という一面も持ち、さらにはダイヤの原石を見つける敏腕プロデューサーでもあります。
事実、韓国では3本の指に入る大手音楽事務所の経営者です。
しかし、そんなすごい人にもかかわらず、驚くほど紳士で、誰に対しても常に丁寧な言葉づかいで口調も穏やか。調べるとプライベートもかなりストイックに自分を律した生活をしているようですし、嫌な面がまったく見られません。
まさに”理想の上司”にふさわしい、誰もがこの人のために頑張りたいと思わせる人ですね!