「芸能界のドン」田辺社長は夏目三久を押し上げた人物!いったい何者?【画像】


先日(23日)放送、2人の出会いのきっかけとなった『怒り新党』の後続番組『マツコ&有吉かりそめ天国』の2時間スペシャルに、多くのファンが待ち望んでいた有吉&夏目のWショット共演が実現しました。

番組はさしずめ結婚会見の様相を呈し、視聴者も思わず笑みがこぼれるほど、2人の幸せそうな姿にほのぼのとした、いわゆる神回となったのです。

この2人に関しては、交際発覚から一般人では想像もつかない過去さまざまな試練があったと言われていますよね。
そこで今回は一連の騒動(もみ消しなど)に深く関わっていたとされる田辺エージェンシー社長・田邊昭知氏についてどんな人物なのか掘り下げてみたいと思います。

有吉&夏目熱愛~ゴールインまでのいきさつ

みなさんもご存知、この2人の結婚までの道のりは、真相はさておき決して平坦ではなく、さまざまな壁を乗り越えてのゴールイン。

日刊スポーツの誤報騒動
出典元:Yahoo!ニュース

それゆえ、この番組実現には主演のマツコ・デラックスさんも述べていたように、「感慨深いものがある・・・」。

まさにその通りですよね~。末永くお幸せになってもらいたいものです♪

狙いかどうかは分かりませんが、2人の好感度もうなぎ上りなんではないでしょうか?

ところで、どうしても気になるその紆余曲折について、ことの顛末に上がる陰のフィクサー、夏目三久さんを寵愛し業界に目を光らせていたという謎の人物こと、所属芸能事務所田辺エージェンシー社長の田辺昭知氏っていったい何者なんでしょうか?

“芸能界のドン”田辺エージェンシー田辺社長とは?経歴【画像】

田辺社長 プロフィール


本名:田邊昭知(たなべ しょうち)
生年月日: 1938年11月15日
出身地: 東京都
学歴: 高千穂商科大学付属高等学校卒業

妻は歌手の小林麻美
1991年3月、52歳の時に結婚。(小林麻美さんは29歳)

田辺社長 経歴

10代の頃から米軍キャンプでドラマーとして音楽活動を始め、1961年に堺正章さん、かまやつひろしさんらと「田辺昭知とザ・スパイダース(後のザ・スパイダース)」を結成。


さらに1966年、ユニバーサルと契約を結びバンド名を新たに「ザ・スパイダース」に変更。また、それまで所属していたホリプロダクションから独立し、同バンドの事務所『スパイダクション』を設立。

田邊昭知さんはミュージシャン兼、メンバーのマネージャーとして経営手腕を発揮し、そのマネジメント経験が現在の田辺エージェンシーの基礎となったのです。


その後、1970年に田邊昭知さんは経営に専念するために現役を引退し、1973年にスパイダースの活躍と共に、事務所『スパイダクション』を事業拡大させ現在の『田辺エージェンシー』に改称。

その後も芸能界でやり手社長として現在まで、タモリさんや研ナオコさんらを始め数々のスターを見出し、世に送り出してきました。

田辺社長と夏目三久との関係とは?

田辺社長は落ち目だった夏目三久を救った張本人!?

夏目三久さんは、現在は田辺エージェンシーに所属するフリーアナですが、もとは将来を有望視されていた日本テレビの花形アナウンサーでした。

ある出来事がきっかけで落ちぶれていた彼女を、見事にどん底から救ったが、田辺社長だったと言われています。

彼女が現在も芸能界で活躍できているのはこの社長あってのことだと夏目さん自身も認めています。

夏目三久がどん底に落ちた理由

彼女が日テレに入社して3年目に起こったある騒動(スキャンダル)がきっかけです。
その騒動とは夏目三久さんが彼氏とみられる男性と仲良く写っているある画像が世に出回ったこと。
その画像には彼女のアナウンサー人生を大きく脅かすくらい衝撃のものが写っていたためです。

マスコミに流出したその画像は幾つもの週刊誌がスクープとして取り上げる事態へと発展してしまいます。

やがて彼女は花形アナの座から引きずり降ろされ、干されてしまうのです。

花形だった局アナのゴシップは多くの注目を集め、清純なイメージに大きく傷をつける結果となり、次第に行き場をなくしていった夏目さん。

そんなどん底だった夏目三久さんを救ったのが田辺社長でした。

田辺社長は夏目三久さんに対し、日テレ退社と自身の事務所への移籍を勧めます。
夏目三久さんはこれに承諾し、フリーアナウンサーとして再起を図るのです。

田辺社長の夏目三久への入れ込みエピソードが凄い!

移籍後の夏目三久さんは、今ではバラエティや情報番組などレギュラー番組を数多くこなし、かつて局アナだった頃よりはるかに活躍しているのは誰が見ても明らかです。

この活躍の背景には、田辺社長が大きく関わった結果だと誰もが口をそろえて言います。

田辺社長のマネジメント手腕は先述したとおりですが、なかでも夏目三久さんへのサポートは群を抜いて異例とも言える力の入れようだったそうです。それを裏付けるエピソードがいくつかあります。

エピソード①:社長自らが営業を仕掛けるほどの入れ込みよう!

マネージャーではなく、社長自らが夏目さんの為に直々に各局に売り込んで仕事を取ってきたと言われています。
芸能界に絶大なる影響力を持つドンとして知られる田辺社長。おそらく断ることができるテレビ関係者など誰一人いなかったでしょう。

エピソード②:『怒り新党』ゴリ押し

夏目さんが復活できた転機となる番組「怒り新党」は、田辺社長が自ら足を運んで営業し、勝ち取った大仕事。
夏目さんがフリー転身後初のレギュラー番組でした。

「今の私があるのもこの番組のおかげだと言い切れます。」と、2016年3月に番組降板する際に語るほど。

当時、番組制作側では夏目さんの起用に反対する声が多かったんだそう。
しかし田辺サイドからの強い要望に、制作チームが断れるわけもなく、必死で企画を考えたそうです。
その結果、番組は予想に反して人気番組となり、深夜の看板番組までになりました。

エピソード③:『半沢直樹』でついに女優出演も!?

報道では2013年4月に『バンキシャ』キャストに抜擢され、夏にはドラマ『半沢直樹』にポスターのイメージガールというチョイ役ながら出演。

エピソード④:『あさチャン』夏目三久イメージを優先に

2014年春から、朝の顔として『あさチャン』に出演。
夏目さんは当時、左右非対称な珍しいヘアスタイル。それに付いて賛否両論あったのを、このままいくようにずっと押していたのが田辺社長でした。
テレビ局側が髪型の変更を打診するも、断固として田辺社長は受けつけなかったと言います。

エピソード⑤:生放送の現場に毎回田辺社長が立ち会う過保護ぶり

噂では夏目三久さんの生放送の現場に、田辺社長自ら必ず毎回立ち会っていたそうです。
突発的なトラブルから夏目三久さんを守るためだったのかもしれませんが、社長自ら目を光らせていれば問題は起こらないだろうと考えていたんでしょうか?
逆に視聴率が低下した時には、番組がつまらないから悪いんだと、問題は夏目さんではなく制作サイドにあるとぼやいていたほど。

このように、イチ所属タレントに対して異例とも言うべき社長自らが関わるのは一体どういう理由があったのでしょうか?

田辺社長と夏目三久は男女の関係でもあるのか?とあらぬ想像も

芸能ゴシップの観点から考えれば田辺社長と夏目三久さんの男女関係を疑った方も多いかもしれません。
また一方でそれだけ夏目三久さんに社運を賭けるだけの価値があると踏んでいたのかもしれませんが。

仮にも芸能界のドンと呼ばれるほどの大物が、1個人の私情で動くとはどうしても思えませんがね。
多分後者の考えの方が 妥当であると考えられます。

田辺社長の立場なら少し手を回せば夏目さんを売り込むことなどさほど難しいことではないでしょうが。

夏目三久さんの将来性を考え少なからず田辺社長の思い入れも深かったことは間違いないでしょうね

事実夏目三久さんは見事に表舞台に復活したわけですから。

このことからも田辺社長のマネジメントの
手腕が証明される 結果となったのではないでしょうか

田辺社長 第2の夏目三久発掘に取り掛かる

田辺エージェンシーはこの4月からTBSで始まる第二の『スター誕生!』とも言うべき『私が女優になる日_』の制作に参加しており、田邊社長はこちらの番組にご執心です。
出典元:デイリー新潮


夏目さんを売り出して丸10年の節目で「そろそろ手を放しても」となったのかどうかは知りませんが、田辺社長はどうやら次なる野望に取り掛かっているようです。

いずれそのうち夏目三久さんのように、敏腕田辺社長によってスターへ押し上げる逸材”第2の夏目三久”が見出されそうですね!

まとめ

今回は有吉&夏目交際報道に大きく関わっていたと言われる、田辺エージェンシー社長の田邊昭知さんについてまとめてみました。
業界では芸能界のドンと異名を持ち、絶大なる影響力を持つ田辺社長のようですが、ご高齢ながら今後も第2の夏目三久となる逸材が出る日も来るのでしょうか?
その影響力をもってこれからも芸能界をもっと面白く盛り上げてもらいたいですね。

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